名古屋大学大学院 理学研究科准教授 森島 邦博先生(1998年普通科卒)
令和3年4月10日(土)、19回目となる土曜講座記念講演会を、江南市民文化会館大ホールにて開催いたしました。本記念講演会は毎年、同窓会のご支援のもと運営されております。今年度は講師として本校卒業生(1998年普通科卒)で名古屋大学大学院理学研究科准教授の森島邦博先生をお招きいたしました。以下、講演の概要をお伝えいたします。
クフ王のピラミッドは、有名なギザの三大ピラミッドの中で最大(高さ140m)。ピラミッドの歴史の中でも全盛期である4500 年前に作られた。ピラミッド内部は一つ一つ特徴的な構造をしており、特にクフ王のものは内部の構造が複雑で、下降通路、上昇通路、大回廊、女王の間、王の間がある(下図)。
これ以外に、さらに内部構造があるか?それが私たちのテーマ。
従来はピラミッドに穴をあけ、つまり破壊して内部の構造を調べていた。私たちは破壊しない方法で、具体的には宇宙線を使って内部を調べていく。宇宙線とは、太陽や太陽よりも大きな星が最後に爆発(超新星爆発)するに伴い、放出される原子核などの様々な粒子。これらが地球の大気にぶつかるとπ中間子が生じ、ここからさらにニュートリノやミューオン(以下μ)が生じる。大半がμとして地表に雨のように降り注ぐ。掌の上なら一秒間に一個ぐらいの数が降ってきて透過している。厳密には、完全に透過するわけではなく、物質を通り抜けるに従い少しずつ吸収され、μの数は減っていく。このような、宇宙線の特徴を使って、X 線のレントゲン撮影のようにピラミッドの内部を調査している。具体的には、ピラミッド内に宇宙線を撮影するための特殊な写真フィルム「原子核乾板」を置いてμを撮影する。原子核乾板は、透明プラスチックフィルムに検出部(乳剤層、0.07mm)を塗り付けたつくりをしている。厚さは全部で1mm もない。μが通過すると1μm 程度の黒い点が残る。μが通った跡は立体的に残っていて、顕微鏡で見ることができる。0.07mm の厚さでもピント面を変えるには十分な厚さであり、ピント面を変えながら見れば黒い点が動くから、μがどんな向きに通ったかを立体的に見ることができる。ピラミッド内部に並べた原子核乾板には、ピラミッドを通り抜けてきたμが様々な角度で降り注いでくるが、μは石を通り抜けただけ数が少なくなっていくから、途中に空間があれば、その方向からのμの数は多くなる。μの数が多い/ 少ないで、どの方向に空間があるかが分かる。この研究は、「スキャンピラミッド」という名前のプロジェクトとして2015 年から始まった。
このプロジェクトは名古屋大学だけではなく国際共同研究であり、エジプト考古省、カイロ大学、日本、エジプト、フランスなどが関係している。
クフ王の上昇通路の先にある女王の間と、その奥の、盗掘のために開けられた洞穴に原子核乾板を設置。このあたりからは、上方にある王の間と大回廊を確認できるはずだ。撮影後、エジプトに特設の現像所で現像してみると、確かに写っていた。ピラミッドという、正四角錐の頂点を内部から見上げた時に見える、稜線の交差や王の間と大回廊が、その方向からのμの濃淡を解析することで「見え」た。実際の原子核乾板がとらえた図と、既知の構造を基にした予想図を突き合わせてみたところ、原子核乾板には驚くべきことに大回廊が二本写っていた(下図)。これは未知の空間ではないか?と仮説を立てた。女王の間と、その奥の洞穴それぞれから未知の空間らしき方向をたどり、交差したところが未知の空間の場所であるはずだ…このようにして2017 年、大回廊の真上に、同じような形の巨大な空間がありそうだという結論に至った。
これと別の場所にも未知の空間を予想している。クフ王のピラミッドには、珍しくシェブロン(切妻構造)があるが、この裏側にも未知の空間があることを、下降通路に置いた原子核乾板がとらえた。今後は、クフ王の子の、カフラー王のピラミッドも調べてみたい。ピラミッドの発見をきっかけに技術が確立してくると、いろいろな遺跡の調査に波及するだろう。
遺跡以外にも、1m 以上の大きさなら宇宙線イメージングの対象となる。橋、工業プラント、ダム、火山、地質・資源などの調査技術として応用可能だと考えている。建造物の老朽化を調べ、事故防止につなげられるかもしれない。福島第一原発でメルトダウンが起きたのかどうか、人は近づけないが宇宙線イメージングを使って調べることで炉心溶融の確認ができた。基礎的な研究も、応用的な研究も、幅広い可能性がある。「μ研」すなわち宇宙線イメージング研究室が今年、始動した。この研究はまだまだ続くので、興味をもって見ていただけたらと思う。