第21回土曜講座記念講演会
渡辺安虎氏講演会
演題“The career decisions of young (wo)men”
東京大学大学院経済学研究科教授 渡辺 安虎(平成5年普通科卒)
2023年4月15日(土)、21回目となる土曜講座記念講演会を、江南市民文化会館大ホールにて実施しました。本記念講演会は毎年、同窓会のご支援のもと運営されております。今年度は講師として本校卒業生(1993年普通科卒)で東京大学大学院経済学研究科教授の渡辺安虎先生をお招きいたしました。
以下、講演の概要をお伝えいたします。
<概要>
演題は経済学の、ある論文の題に着想したもの。若い人が現時点でのスキルや経験をもとにどう職業を選択していくかをモデルで表現して理解しようとする論文(今の「スキル状態」を所与に人生の「幸せ」の累積を最大にする「キャリア選択問題」を解く問題として扱う)。モデルにすることにより、人や企業の行動を理解でき、政策の効果を測ることができる。
経済学とは、経済の動きを明らかにする学問だが、最近は賃金や経済成長といったトピックに限らずより広く人間や組織の意思決定を分析する学問に変わってきた。基本的にはモデルを作ってそれを実際のデータと照らし合わせながら改善して。基礎的なものとしては、個々の主体の行動を扱うミクロ経済学、それをデータにどう当てはめるのかという計量経済学があり、種々の応用分野がある。心理や法学、政治学など学際分野まで広がりがある。私は今は脳科学者とMRIの中で脳の写真を撮りながら、経済行動と感情の関係を研究している。
私は、中1~高1は成績は中の下くらいで、高い理想があるわけではなかった。何か一生懸命やっているうちに、夢ややりたいことは出てくるものかもしれない。大学2年の時に経済学が面白いと思った。大学時代に国連ボランティアでエチオピアとソマリアの難民キャンプで生活し、道路(インフラ)や政府のすごさに気が付かされた。卒業後は開発援助機関(今のJICA)で仕事をし始めた。当時、担当したODA案件は叩かれていた。問題がないわけではないし、内側から変えようと思っていたが、退職してしまった。アジア通貨危機の時に、IMFや世界銀行との協調融資を担当し、IMFや世銀のエコノミストが、外貨を借りる国にめちゃくちゃな政策改革などの条件を突きつける。このエコノミストは何なんだと思い、しかもそれを無批判に受け入れて協調融資をする日本政府のやり方にも我慢ならなかった。自分が戦えるようになりたいと思い、留学した。
大学院時代は必死で勉強した。2、3年目は子供ができお金がなくて大変だった。それ故に金銭的に苦しい中で希望を持てることの意味や、公的な低所得者支援の有難みが理解できた。4、5年目は研究が楽しくて研究者志望に。どこまで行っても頭のいい人はいくらでもいるので、他の人との違いを生かせるかが大切。若手研究者時代は運がよくて、良い大学に就職することができた。その後、香港科技大へ移り、自分のやっているミクロ経済の研究はビジネスで使える学問なんだと確信し、Amazonへ。 Amazonでは、社内のデータを分析して経営会議に報告するという仕事をしていた。分析結果がそのままビジネスに反映されるなど大きなインパクトを与えられるのはとても面白かったが、分析を論文としては発表できないので、やはり研究がしたくて大学へ戻った。
東大に来てからは再度研究・教育に力を入れ、東大が立ち上げた「東京大学エコノミックコンサルティング」という会社では経済学の社会実装にも一生懸命取り組んでいる。経済学ではこれまで実験がしにくかったので、相関関係と因果関係が混ざった「汚い」データから介入の効果を知る方法が発展してきた。ビジネスにおいても政策においても、データの分析手法は同じ道具が適用できる。例えばポイントキャンペーンの売り上げへの効果と職業訓練の就業率への効果は、同じ因果推論の手法で分析できる。
10年後に自分が見ている景色なんて今は想像もつかない。今の自分と違い、何に情熱を持って何を大事に考えているかもわからない。先の論文のモデルは色々なことを説明できるが、この点は違和感がある一方、キャリアも人生も偶然に左右されるという点はその通りだと思う。実際私も10年前に全く想定していなかったキャリアを歩んでいる。私自身は面白そうなら、最悪な場合にどうするかは計算して考えて、そのうえでリスクをとってきた。情熱を持って取り組めることを全力でやってきたその先にしか、可能性は開けなかったと思う。