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滝学園同窓会オフィシャルサイト

活躍する同窓生に学ぶ:伊吹亜門氏(ミステリ作家)


「春は枝頭に在って已に十分」~会社員とミステリ作家で二足の草鞋~

ミステリ作家 伊吹 亜門(平成22年卒)

伊吹亜門(@ibukiamon)/X
https://x.com/ibukiamon


伊吹亜門 公式ブログ 酒樽奇談
https://you-know-why.webnode.jp/

今年2月新作『帝国妖人伝』(小学館)を出されたミステリ作家の伊吹亜門さんに、お話を伺います。

どんなきっかけで、ミステリ小説に関心を持たれたのでしょうか。
 母親が筋金入りのミステリファンで、実家の本棚には古今東西の推理小説が揃っていました。料理を作る際のBGM代わりにテレビで流していたのも、『シャーロック・ホームズの冒険』や『名探偵ポアロ』、古谷一行が演じる《金田一耕助シリーズ》などでした。幼い時分からぼんやりとそれらを眺めている内に何となくミステリって面白そうだなと思い始め、小学校高学年となる頃には、本棚にあった大人向けの推理小説(どちらかといえば海外作品よりも国内作品)にも手を伸ばすようになっていました。
そんな子どもだったので、滝中学に入学して真っ先に向かったのは図書館でした。卒業までに多くの本を借りて読みましたが、特に覚えているのは一番奥の戸棚にあったリブリオ出版の〈くらしっくミステリーワールド〉シリーズで、そこで出会った国内戦前のミステリ作品は今も伊吹亜門の血肉となっています。図書館司書のお二人には、本当にお世話になりました。

滝学園時代、どんな生徒でしたか。強く印象に残る先生や出来事などありましたら。クラブ活動は、何かされていましたか。
 とりたてて問題を起こすこともなく、かといって優等生と呼べるほど成績が良い訳でもない、可もなく不可もない実に平々凡々な生徒だったと思います(飽くまで自分では、ですが)。
クラブは、中高六年間水泳部に所属していました。放課後と休日も練習の日々でしたが、私は泳ぐことが好きというよりも水泳部での部活動自体が好きだったような気がします。高校3年生で水泳部を引退する際、今も色々とお世話になっている水泳部顧問の小島陽一先生から「ダミー(学生時代の私のニックネームです)は水泳よりも水泳部が好きだったんだよな」と云われたことは強く記憶に残っています。水泳部時代の友人たちとは今もよく会っていて、お酒を飲みながら下らない話で盛り上がることの出来る仲です。
 私が滝の生徒だった頃は、主な学外行事として中学2年でキャンプ活動、中学3年で福岡・佐賀・長崎への修学旅行、そして高校2年でスキー合宿がありました。どれも断片的な記憶しかないのですが、とにかく楽しかったです。青春の日々ですね。

大学は京都の同志社大学をどうして選ばれたか、理由をお聞かせください。将来を見据えていたとか…
 情けないお話なのですが、京都での大学生活に憧れて、現役時代はそれほどセンター試験の判定が良くなかったにも拘わらず京都大学の法学部に挑んで撃沈、一年の浪人生活を経て再度京大に挑戦したのですが、あと一歩及びませんでした。後期試験は、センター試験の結果でも判定が良かった東北大学の経済学部に応募していました。3月12日の試験のため仙台には前日に入り、午後2時46分、受験会場の下見中に、のちに東日本大震災と呼ばれることになるあの大地震に遭いました。結局試験は開始されず、センター試験の結果だけで一応合格となったのですが、あの揺れや、その後の暗闇と混乱を経験した身としてもう一度独りで東北へ勇気がどうしても持てず、大いに悩みましたが、結局は入学申込の期限ギリギリで予備として受けていた同志社大学を選択しました。

大学時代はどんな学生生活を送られましたか。部活動はされましたか。
 紆余曲折はあったものの、憧れだった京都での生活を謳歌していました。大学の講義はきちんと受けていましたが、それ以外は図書館で色々な本を読んだり、市内をぶらぶらと散歩したりしていました。
同志社にはミステリ研究会なるサークルがあることは知っていたので、好きな推理小説について語り合える同世代の友人が欲しかったこともあり、すぐ入会を決めました。初めて自分用のパソコンを手に入れたので、小説らしき物をぼつぼつと書き始めたのもこの頃です。

第19回本格ミステリ大賞小説部門受賞作品『刀と傘』
2024年2月発表の新刊『帝国妖人伝』

大学在学中どの段階で、作家を目指されたのですか? どうして会社勤務をしながら、作家をしようと考えられたのでしょうか。
 これは説明が難しいのですが、自分の書いた小説を誰かに読んで貰いたい気持ちこそあれ、「作家になりたい(=小説だけで生計を立てられるようになりたい)」と思ったことは一度もありません。私はミステリを読むことが好きで、それが昂じてミステリを書いてみたいと思い、延いては書いた作品を誰かに読んで貰いたいと望むようになった人間です。料理人で例えるのならば元々美味しい料理が好きで、いつしか自分で作ってみたくなり、やがて自分の料理を誰かに食べて貰いたくなったという感じです。初めから自分のお店を持ちたいと思っていた訳ではありません。来年でデビュー10年目ですが、未だに専業とならず兼業を続けているのも、生活を安定させた方が心置きなく小説も書けるので、そのためには定期的な収入が必須だと考えているからです。

伊吹さんの作品に使われるネタは、どんなところから探してこられるのですか?
 幕末の京都や、日中戦争最中の満洲など、私は所謂「時代ミステリ」と呼ばれるような現代でない時代が舞台となる推理小説を依頼されることが多いです。ただし、出身学部も法学部ですし、学問としてきちんと歴史を学んだことはありません(ちなみに、滝では林先生の日本史、浅野先生の世界史が好きでした)。そのため、出版社から「この時代で」と依頼があった場合はそれに応じて資料を読み込み、使えそうな題材が見つかったらそれを膨らませて物語としています。また次の項目でも述べますが、散歩や旅行が好きなため、旅先で見かけた史跡などは使えそうだなと思ったら必ず記録するようにしています。

伊吹さんの趣味は何でしょう。何か今はまっていることはありますか。
 会社員とミステリ作家で二足の草鞋を履いているため、休日も家に籠って原稿をしていることが多いです。それゆえに、これといって他人様に胸を張れるような趣味はないかも知れません。ただ、執筆に行き詰った時は3~4時間でもあれやこれやと考えながら歩き廻ることが多く、また暇が出来た際は、全国津々浦々、特に目的の無い旅に出ています。そのため、強いて挙げるならば趣味は散歩と旅行でしょうか。旅先では必ずその土地の博物館や郷土資料館に立ち寄って、小説に使えそうな題材を捜しています。

座右の銘は。
「春は枝頭に在って已に十分」(はるは しとうにあって すでにじゅうぶん)
 宋代の詩人、戴益(たいえき)の「春を探る」という詩の一節です。私なりに訳すと次の通りになります。「春はどこに来ているだろうかと一日中訪ね歩いてみたけれど一向に見つからない。杖を突いてあちらこちらを遠くまで歩き廻っても、結局疲れて帰ってきただけだった。ふと自宅の梅の枝を手にとってみたら、枝先に花をつけて香りを放っていた。探していた春は、こんな身近な所にあったのだ」。
自分が気付いていないだけで、幸せは意外と身近にあるものです。それを忘れずに生きていきたいと思っています。

滝学園の在校生、卒業生(二十歳代の若手)に対し、今後の進路を決めていくうえ、さらには、生きていくうえでの助言がありましたら。
 今年33歳になったばかりの若輩者が偉そうに――と云うのは一旦措いておくとして、今後の進路を決める上で何よりも大事なことは、やはりより多くの世界、広い世界を知っておくことだと思います。
世界というのは、皆さんが思っている以上に広いものです。そんな名前は聞いたことがない、存在すら知らなかったけれど極めて重要な役割を担った職業は、この世にゴマンと存在します。もしかしたら、その内のひとつがあなたにとっての天職かも知れない。あなたが真にやりたかったことかも知れない。ただ、その存在を知らなければ努力のしようがありません。
ではどうすればよいのか。なるべく多くの世界を知っておく他にないのです。
滝での勉強は知識を蓄える素地になります。基礎が弱ければ築かれる学識や品格も歪んだ物となってしまいますが、それだけでは不十分でしょう。外に出て色々な場所を訪れ、多くの人と言葉を交わし、価値観に触れ、本や漫画を読み、映画やドラマ、ゲーム、ドキュメンタリー等を通してなるべく多くの世界を知る。机上で培った学識は、そうやってこそ磨かれることでしょう。使い古された表現ですが、よく学びよく遊ぶ。やはりこれに尽きるのではないかと思います。

滝学園にて:伊吹亜門さんと小島陽一先生
滝学園にて(左から)
図書館司書・星野佳代さん、伊吹亜門さん、図書館司書・塚本久美子さん

[プロフィール]
伊吹 亜門(いぶき あもん)
ミステリ作家

1991年7月 愛知県名古屋市生まれ
2015年3月 同志社大学法学部卒業
2015年4月 京都の製薬企業に事務職として入社
2015年6月 『監獄舎の殺人』で第12回ミステリーズ!新人賞(東京創元社主催) 受賞
2019年6月 初の単著『刀と傘 明治京洛推理帖』(東京創元社)で第19回本格ミステリ大賞小説部門を受賞
2021年12月 『幻月と探偵』(KADOKAWA)で第24回大藪春彦賞候補
2024年3月 『焔と雪 京都探偵物語』で第77回日本推理作家協会賞候補

※プロフィールは、取材日(2024年9月14日)時点の内容を記載しています。

★主な著書

ミステリーズ!新人賞受賞作品集(創元推理文庫)『監獄舎の殺人』
著者:伊吹亜門(他新人賞受賞者 美輪和音・近田鳶迩・櫻田智也・浅ノ宮遼)
出版社:東京創元社(2016年12月刊) ペーパーバック版ISBN-13 : 978-4488400606 & Kindle版

『刀と傘』
著者:伊吹亜門
出版社:東京創元社(2018年11月刊) 単行本ISBN-13 : 978-4488020064
出版社:東京創元社(2023年4月刊) 文庫本ISBN-13 : 978-4488481216 & Kindle版

『雨と短銃』
著者:伊吹亜門
出版社:東京創元社(2021年2月刊) 単行本ISBN-13 : 978-4488020118
出版社:東京創元社(2024年5月刊) 文庫本ISBN-13 : 978-4488481223 & Kindle版

『幻月と探偵』
著者:伊吹亜門
出版社:KADOKAWA(2021年8月刊) 単行本ISBN-13 : 978-4041115497
出版社:KADOKAWA(2024年6月刊) 文庫本ISBN-13 : 978-4041145043 & Kindle版

『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』
著者:伊吹亜門
出版社:星海社(講談社)(2022年6月刊) 単行本ISBN-13 : 978-4065280638 & Kindle版

『焔(ほむら)と雪 京都探偵物語』
著者:伊吹亜門
出版社:早川書房(2023年8月刊)  単行本ISBN-13 : 978-4152102645 & Kindle版

『推理の時間です』
著者:法月綸太郎・方丈貴恵・我孫子武丸・田中啓文・北山猛邦・伊吹亜門
出版社:講談社(2024年1月刊)  単行本ISBN-13 : 978-4065342107 & Kindle版

『帝国妖人伝』
著者:伊吹亜門
出版社:小学館(2024年2月刊)  単行本ISBN-13 : 978-4093867023 & Kindle版

『ミステリーツアー』
著者:青崎有吾・阿津川辰海・伊吹亜門・似鳥鶏・真下みこと
出版社:講談社(2024年6月刊)  単行本ISBN-13 : 978-4065358986 & Kindle版