
「汝自身を知れ」
~ロボット技術で高齢化社会に挑む~
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 企画本部 研究セキュリティ・インテグリティ部
企画室 総括主幹
脇田優仁(昭和61年卒)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)
https://www.aist.go.jp/
株式会社AIST Solutions
https://www.aist-solutions.co.jp/
滝学園時代、どんな生徒でしたか。
部活動が高校1年の間は必須だったため、合唱部に1年だけ所属していました。受験勉強に専念したかったので、2年からは帰宅部です。
思い出にあるのは、1年の時に数学の青山行雄先生の学校後の補習が先生の自宅であって、いろいろ突っ込んで質問できたことがあります。今もこういう制度はあるのでしょうか。わからないところを気軽に相談できる先生がいたのは良い環境だったと思います。
勉強に関しては、クラスメートから教えてもらったZ会の通信添削や「大学への数学」の学力コンテストをできるまでやったことを思い出します。
同級生に大学の教員が多いと聞きましたが、大学の教員を務めるというのは、マックス・ウェーバー(※1)の昔から僥倖(ぎょうこう)(※2)に頼るしかない”けものみち”だと思いますので、高校時代の空気だけではなく、それぞれ皆さんに語りつくせない道のりがあったかと想像しています。私は自分が人に教える能力に欠けている(何がわからないのかわからない)と感じていましたので、教育の場面が余りない研究所を志望しました。それから、私は外普の理系でしたので、文系の方々は中島君(南中同期)以外あまりわからないです。(外普という言い方はもう通じないかもしれませんね。高校から入学したので、外部進学の普通科です。今は、外進生というのですか。)
東京大学に在学中、工学部で学ばれましたが、どんなきっかけで計数工学科数理工学を専攻されたのでしょうか。また大学時代は、どんな生活でしたか。
1986年に東大理科一類に進学しました。SF好きでしたので、最初は宇宙工学に行きたいと思っていましたが、このころ第何次かの人工知能研究ブームで、第5世代コンピュータプロジェクトが終了間近な頃でした。それで、工学的な人工知能研究のアプローチができそうな工学部応用物理系計数工学科数理工学専修コースを志望しました。大学院に行くつもりだったのですが、院試に落ちたので、合格していた国家公務員1種(情報工学)の資格で当時の通商産業省工業技術院電子技術総合研究所に志望したら運よく採用され、つくばに移りました。当時の電総研は第5世代コンピュータPJに多くの研究員を出している組織でした。人工知能にはまず、人と機械の対話が重要だと考えて、大学の卒論で自然言語処理(※3)について勉強しました。ただ文字による対話だけでは人工知能への道のりに足りず、グラウンディング(接地)が必要でそのためには物理的な実態を持つロボットと人とのインタラクションの研究をできそうな知能システム部という電総研の組織の当時の部長に拾っていただきました。
学部卒で研究所に入るのは平成の初めでもレアケースでしたので、博士号を取れというプレッシャーは常にありましたが、論文博士の制度はどんどん消えていく方向でした。ある程度ジャーナル論文を出したころ、奈良先端大に移った職場の先輩の教授から社会人として博士課程に来ないかとお声がけを頂き入学しました。在学中も、奈良へは必要最低限の通学(入学式、公聴会、最終審査、修了式含め)で、あとはテレビ会議で先生との打ち合わせを毎週行って進捗の相談という進め方をさせていただき非常に助かりました。在学1年半で博士論文を仕上げて2008年に40歳で修了することができました。
いつ頃から、リハビリテーション科学(※4)、知能ロボティクス(※5)、知覚情報処理(※6)、機械力学(※7)、メカトロニクス・ロボティクス(※8)などについて研究しようと考えられましたでしょうか。また、どのようにして国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)のお仕事に就かれたのでしょうか。産総研では主にどんなお仕事に取り組まれていらっしゃったのでしょうか。
1990年に通産省工技院電総研の知能システム部対話システム研究室に配属になり、ロボット研究者の上司に指導いただいて遠隔操作ロボットの知的監視の研究をスタートさせ、その研究がアメリカのジェット推進研究所(JPL)との共同研究につながりました。宇宙用超遠距離遠隔操作ロボットの相互操作の研究という通産省の事業に従事し、カリフォルニアのJPLから、国際ISDN(※9)回線で繋いだつくばの実験室の模擬宇宙用ロボットを遠隔操作するシステムの構築と実演を1995年に行いました。
宇宙用ロボットのコンセプトから、「人間と同一環境で共存するロボットと人の情報共有のためのプロジェクション機能の研究」を進め、人とロボットの相互作用を広げていく研究を行ってきました。電総研は、2001年に経済産業省の独立行政法人として産業技術総合研究所に統合されました。その際私の所属していた知能システム部は、知能システム研究部門として再スタートし、私は主任研究官から主任研究員となりました。組織もその後、ロボットイノベーション研究センター、人間拡張研究センターと組織替えや異動となりました。
自分の研究と並行して、経済産業省研究開発課への出向、日本ロボット学会の役員、ロボット介護機器開発導入促進事業(AMED)のプロジェクト推進などの仕事も行ってきました。
3月までAIST Solutions コーディネート事業本部 連携推進部にてマネージャをしていらっしゃいましたが、どんなお仕事でしたか。
2021年に自分で研究を行う立場から、産総研の技術を世の中に出していく仕事に異動しました。産総研は経済産業省の傘下の独立行政法人研究所という位置づけから、日本の産業をダイレクトに支援することを期待されています。そのため、発足当時から企業との共同研究やコンサルティングと言った連携の業務に力を入れています。しかし、独立しているとはいえ、国の機関であることには変わりはないので、制度面などで市場や企業ニーズに対応するスピード感や、産総研で生まれた技術を自ら事業化することが難しいというバリアーがありました。そこで、産総研の100%出資の子会社としてAIST Solutionsが2023年に発足しました。AIST Solutionsの業務についてはオンラインで詳しく説明されていますのでご参照ください(http://www.aist-solutions.co.jp/)。産総研の技術を社会に実装していくために様々な取り組みをしています。私の業務は産総研の研究と企業の橋渡しで、こちらの発足当時から休職出向していました。
やりがいとしては、ここまで研究者として私を育ててくれた職場への恩返しでしょうか。
今春からまた、産総研に戻り、企画本部研究セキュリティ・インテグリティ部企画室で勤務しています。


今後、日本は少子化で人口減少が進み、介護の従事者の絶対数が足らなくなると思います。この問題に対応するためロボット研究に取り組まれているのでしょうか。
AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構・略称:エーメド)のロボット介護機器開発導入促進事業に2015年4月の発足以前から8年ほど関わっておりました。介護における人手不足は喫緊の課題ですが、少子高齢化により人出が足りなくなるのは明らかです。そのための作業のロボット化が求められていますが、すぐに人手に代わるロボットができてくるわけではありませんし、一人の研究者が頑張ればスーパー介護ロボができるわけでもありません。
そのために、今ある技術を前提として、真に介護の役に立つロボット技術を日本中の英知を結集して多様な分野から作り出していこうというのが2012年から始まった本プロジェクトです。このプロジェクトでの産総研の役割は、数十の参画企業から提案されるロボット介護機器の評価基準の作成と評価及び開発の支援を継続的に行うものでした。その後このプロジェクトは名前を変えて今も継続しています(ロボット介護機器開発等推進事業)。
趣味は、何でしょうか。何か今はまっていることはありますか。
健康維持とダイエットのためにジョギングを続けています。2000年につくばマラソンに出てフルを4時間15分で完走しました。健康管理も兼ねて献血を定期的にしていて、一昨年献血100回に到達して茨城県知事から表彰状を頂きました。
趣味としてはチェロ演奏を25年ほど続けていますが、なかなか上手にはなりません。
座右の銘は。
γνῶθι σεαυτόν (古代ギリシア語)「汝自身を知れ」
この言葉は、ギリシャの世界遺産「デルフィの古代遺跡」として知られる、デルポイのアポロン神殿の入口に刻まれた古代ギリシアの格言です。自分自身を知るということは自分自身以外の世界すべてを知るということと数学的に同値だと考えられます。そしてそれこそが科学者として目指すべき姿勢だと40年前この言葉を読んだときに感じました。
滝学園の在校生、卒業生(二十歳代の若手)に対し、今後の進路を決めていくうえで、さらには、生きていくうえでの助言がありましたら。
分かりやすく短く整理しましたので、参考にしていただければ幸いです。
・明日は明日の風が吹く。
・今自分ができることを今頑張ることはできるし、それ以上のことはできないし、それ以下だと後悔するのは自分。
・自分の限界を決めるのも自分。
・無理はしない。
・最も高く飛ぶカモメは、最も遠くまで見通せる。
このモットーをどの順番で適用するかはあなた次第です。
※1 マックス・ウエーバー(Max Weber、マックス・ヴェーバーともいう)(1864年4月21日~1920年6月14日)ドイツの社会学者、政治学者、経済史・経済学者(新歴史学派)幅広く研究をし、「比較宗教社会学」や「経済と社会」などの業績を残し、政治思想についての考察もある。この文言は「職業としての学問」から。
※2 僥倖(ぎょうこう)思いがけない幸い。偶然に得る幸運。
※3 自然言語処理(英語 Natural language processing 略:NLP)人間が日常的に使っている自然言語をコンピュータに処理させる一連の技術で、コンピュータに「ことば」を教える分野といわれる。自然言語処理が行う4つの基礎技術は、
(1)形態素解析・・・文章を「形態素」という単位ごとに分割し、それぞれの形態素を品詞などの各種情報に振り分ける作業。
(2)構文解析・・・形態素解析で抽出した形態素が、他のどの形態素と隣り合わせになっているか確認する作業。
(3)意味解析・・・構文解析で得た解釈の中から、正しい解釈を探す。
(4)文脈解析・・・複数の文について形態素解析と意味分析を実施し、文同士の関係性を解析すること。
▼自然言語処理を活用した事例
対話型AIチャットロット、音声認識AI、AI-OCR(文字認識)、AIスピーカーなどの対話システム、検索エンジンビッグデータ活用、翻訳、感情分析、校正・スペルチェック、文章要約などがあります。
●産総研マガジン
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20230621.html
※4 リハビリテーション科学
「全体的な人間としての障害者の人間らしく生きる権利の回復、すなわち全人間的復権」がリハビリテーションの基本理念で、その学問的基盤をなすのがリハビリテーション科学です。
※5 知能ロボティクス
医療・福祉・生産・災害対応など様々な分野で、ロボット技術の開発が期待されています。そのためには、人間の持つ判断力や学習能力を備えた「知能ロボット」が必要です。電子・機械・情報技術に加え、人間の力覚・触覚能力を考慮した生物的な情報工学が重要で、「人間のように賢く動くロボット」の研究を指します。
※6 知覚情報処理
人が動いて見る、聞く、触れるといった感覚を、どのようにコンピュータに認識させ情報処理するか、人間の知覚に係る情報処理技術を高度化すること。
※7 機械力学
機械工学における4大力学、機械力学、材料力学、流体力学、熱力学の一つで、機械の動作により生じる力を扱う学問。機械力学の分野は、静力学(動かない物体に働く力の釣り合いを扱う)と動力学(物体の動作による力の関係を扱う)に大別されます。
※8 メカトロニクス・ロボティクス
メカトロニクスとロボティクスは、現代の技術の中で非常に重要な分野です。メカトロニクスは、機械工学、電子工学、情報工学、制御工学などの分野が融合した学問です。ロボティクスは、ロボットの設計、製造、運用に関する技術や理論を扱う分野です。
※9 ISDN(Integrated Services Digital Networkの略)
通常の電話線(銅線)を使ったアナログ回線を利用したデジタル通信網で、音声データをデジタル変換して電話線で送受信する方式。従来の音声をそのまま電気信号として送るアナログ回線方式と比較して、通話品質が良く、盗聴が難しかったりする特長があり、通信速度が遅いというデメリットがありました。このサービスは、2024年1月に終了しました。
[プロフィール]
脇田 優仁(わきた ゆうじん)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 企画本部
研究セキュリティ・インテグリティ部 企画室 総括主幹
1967年12月 愛知県一宮市生まれ
1983年3月 一宮市立南部中学校 卒業
1986年3月 滝高校 卒業
1990年3月 東京大学 工学部計数工学科数理工学専修コース 卒業
1990年4月 電子技術総合研究所 知能システム部 研究員~主任研究官
2001年4月 産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 主任研究員(~2020年12月)
2004年5月 経済産業省 産業技術環境局研究開発課 産業技術調査官 (~2005年6月)
2008年9月 奈良先端科学技術大学院大学 情報システム学 博士課程修了(博士(工学))
2009年4月 日本ロボット学会理事(国際担当)(~2011年3月)
2021年1月 国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 連携推進室 連携主幹
2023年4月 株式会社AIST Solutions コーディネート事業本部 連携推進部 マネージャ
2025年4月 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 企画本部 研究セキュリティ・インテグリティ部 企画室 総括主幹(現任)
[所属学協会]
日本ロボット学会
※プロフィールは、取材日(2025年4月1日)時点の内容を記載しています。